ロスト・クロニクル~後編~

 シェラの身に、何かあったら。

 また、失敗してしまったら。

 シェラは楽しんで行うが、相手は戦々恐々。

 だから何が何でも、シェラが菓子作りを止めてほしいのだが、シェラが聞き入れることはない。彼女の頭の中に存在するのは「兄の為――」であり、それを邪魔することが、許さなかった。

「どうして!」

「お立場をお考え下さい」

 アリアの強い口調に、シェラは俯いてしまう。

 いつもであったら頬を膨らませ拗ねてしまうが、今は普段と違い哀しい雰囲気が漂う。シェラの反応にエイルは機嫌を治して欲しいと訴えようとするが、アリアが頭を振り止めてしまう。どうやらシェラの反応が「嘘」だと見抜いたらしく、アリアは低音の声音を発する。

「なんで、わかっちゃうの」

「えっ! 嘘っ!」

「左様です」

 アリアの言葉にエイルは、反射的にシェラの顔を凝視してしまう。アリアの言い分正しく、シェラは嘘を見抜かれたことが不満だったのだろう、やけ食いに似た雰囲気で焼き菓子を黙々と食べている。流石、女官長というべきか、アリアの洞察力にエイルは感服してしまう。

「シェラは、今のままでいいよ」

「……お兄ちゃん」

「無理はしない」

「お兄ちゃんが、そう言うのなら……」

「僕としては、シェラに菓子を作ってくれるより、このようにお茶を飲んでいる方が何倍も楽しい」

 流石、大好きな兄の言葉。

 今の言葉は、シェラにとって強烈だった。

 シェラは満面の笑みを浮かべると、兄を困らせたくないと菓子作りは諦めると約束する。その代わりに定期的にお茶会を開いて、お喋りしたいとお願いしてくる。建前上の理由は「シェラに菓子作りをさせるわけにはいかない」という理由だが、本音はシェアといるのが楽しかったからだ。

 シェラが菓子作りを諦めてくれたことに、アリアは安堵する。同時に、シェラの反応が居た堪れなくなってしまう。今、シェラの目の前にいるのは、本物の兄ではない。勘違いしていることさえ理解しておらず、楽しそうにしている。しかし、偽りは永遠に続くわけではない。
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