ロスト・クロニクル~後編~
一向に手当てをはじめない医師に、エイルは相手の心情を悟る。エイルは苦笑するとシェラに、離れていてほしいと頼む。
「どうして?」
「危ないから」
「手当って、危ないの?」
「血が吹き出るかもしれない」
「吹き出るの?」
「多分」
「なら……」
エイルの話に、シェラの身体がビクっと震える。いつもの彼女であったら我儘を言うが、今回は素直に言うことを聞く。血に対して恐怖心が強く、過去の出来事を忘れていても、意識の奥底に封じられている‘あるモノ’が刺激されるのだろう、部屋の隅に逃げてしまう。
「いや、そこまで……」
「お兄ちゃんが、驚かすから」
「御免」
「なら、近付いていい?」
「終わったらな」
「うん」
シェラの返事にエイルは頷くと、小声で医師に話し掛ける。
これで、大丈夫です。
その言葉に医師は安堵の表情を浮かべると、箱から必要な道具類を取り出すと、手当てをはじめた。
怪我している個所を消毒し、薬を塗る。
そして清潔な布を置き、その上から包帯を巻く。
「打撲はしていますが、骨には異常はありません」
「そうですか……良かった」
「ですが、ご無理はしないで下さい」
「わかっています」
「痛み止めを処方しましょうか」
「いえ、これくらいでしたら大丈夫です」
「では、何かありましたら――」
医師の言葉に手当てが終わったことを知ったシェラは、駆け足でエイルのもとへ向かうと、寂しかったのだろう飛び付いてくる。しかし、飛び付かれたことによって手当された個所に激痛が走ったらしく、エイルは思わず苦痛に呻き顔を顰めてしまうが、シェラを引き離すことはしない。