ロスト・クロニクル~後編~
「座って」
「はい」
「紅茶を用意するわ」
「紅茶!?」
「いらない?」
「い、いえ……」
母親の言葉に、一瞬エイルは言葉を詰まらす。
先程、マナが淹れた紅茶を飲んでいるので、これ以上の紅茶は――とは、流石に言えない。それにいつもはメイドに頼むのだが、何を思ったのか今日は自分で紅茶を淹れに行くという。
「母さんが!?」
「何、驚いているの?」
「いつも、こういうことしないから」
「今日は、特別よ」
余程エイルが帰って来たことが嬉しかったのだろう、シーナは珍しく張り切っている。普段見られない母親の姿に、これを断ったら悲しむのは間違いない。母親に対し世渡り術を使うのはどうかと思われるが、エイルは顔を綻ばすと、母親が淹れる紅茶を飲みたいと言う。
「頑張るわ」
「か、母さん」
「何かしら」
「もし駄目だったら、メイドに……」
「大丈夫よ」
と言っているが、心配しないわけがない。
シーナはフレイと結婚する前から、お嬢様の生活をしている。勿論、全ての面でメイドの世話になっているので、このように自分で紅茶を淹れることはない。はじめての体験――ということになるが、上手く淹れられるかどうか心配になってしまうが、今回は温かく見守る。
扉が閉まる音が響く。
刹那、不安感が支配する。
やっぱり、ついて行けばよかったか。
しかしそれを行ったら、母親が悲しむ。
無事に母親が紅茶を淹れてくることを願いつつ、エイルは椅子に腰掛けながら静かに待つ。幸い、特にトラブルが発生することなく、シーナが戻って来る。その手には、ティーポットと二つのカップが載せられたお盆。これはメイドの手を借りずに、自分で淹れた紅茶だという。