ロスト・クロニクル~後編~

 甘い。

 甘過ぎる。

 ラルフの性格を改善するのなら冷たく突き放した方がいいのだが、それができないのはエイルの優しさ。それに気付いて擦り寄ってきているのならラルフは厄介だが、幸い其方の方面では天才ではない。

「そういえば、実家には連絡したのか? お前のことだから、連絡をしていないだろうけど」

「なんで?」

「研究所に就職したというのは知っているだろうが、今クローディアで新しく働きはじめるというのは知らないだろう。こういうことは早く連絡しておかないと、両親が心配するぞ」

「確かに……手紙を書く」

「それがいいよ」

「で、紅茶を――」

 しかし言葉が最後まで発せられることはなく、扉を叩く音で遮られてしまう。その音に、部屋の隅で待機しているメイドはいそいそと相手を出迎えに向かう。

 廊下にいたのは彼女と同じメイドで、家政婦(ハウスキーパー)のリンダの命令で行っていた風呂の支度が済んだということを伝えに来たという。

「エイル様」

「わかった」

 メイドの言葉に頷き返すと、ラルフに悪臭が酷いので風呂を用意したので入ってくるように勧める。いや、勧めるというより強制的に風呂に入って欲しいというのが本音で、彼が漂わしている悪臭は不評そのもの。だから早く風呂に入って悪臭を流し落として欲しいというのが、全員の願い。

「臭い?」

「臭いってものじゃない」

「俺は臭くないよ」

「臭すぎて、鼻が麻痺しているんだよ。で、風呂に入る。場所は、メイドに案内させるから」

 ラルフは風呂嫌いというわけではないのでエイルの言葉に従うが、自分の体臭に気付いていないので何処かのほほんっとした態度を取る。いや、それ以前に長い日数風呂に入っていないで身体が痒い。

 それが影響してか、無意識の中で身体を掻く姿は誰が見ても不快そのもの。ラルフが身体を掻き出した瞬間、メイドの顔が歪み視線を逸らす。勿論、エイルの機嫌も最高に悪かった。もし建物の中にいなければ、久し振りにラルフ相手に全力で魔法をぶっ飛ばしていた。
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