ママと呼ばれたい ~素敵上司の悲しすぎる過去~
「ほら、君も食べなさい。時間がなくなるぞ?」

「はい……」


ステーキをナイフで切ると、ミディアムで焼いてもらったそれの中はピンク色で、口に入れるとトロけそうでとっても美味しい。昼からこんな贅沢をしていいのかしら、と思ってしまうほど。


「君はてっきりパスタか何か、軽いものにすると思ったけどね」

と新藤さんは言い、

「私、食いしん坊ですから」

と口を尖らせて返したら、新藤さんはクスッと笑った。その時、彼の目尻に皺ができ、渋くてカッコいいなあと私は思った。


「おかしいですか?」

「いいや、いいと思うよ。食べっぷりのいい女性は、見てて気持ちいいぐらいさ」

「あ、ありがとうございます」


なんかバカにされた気がしないでもないけど、一応は褒められたと思うと、ちょっと嬉しかった。


「あの。新藤さんのお考えをまだ聞かせてもらってませんが?」

「僕の考え? 何の事だったかな?」

「だから、私達に早く帰るようにおっしゃった理由です」

「ああ、その事か。特に深い考えはないよ」

「深くなくてもいいので、教えてください」

「うん。単純な事さ。なるべく早く帰って、自分の時間を持ってほしくてね。趣味をしたり、恋人とデートしたり、家族と団欒したりとかね」

「なんだ……」


私は思わずそう言っていた。新藤さんの話はまるで普通で、ありきたりに思えたから。ところが……


「僕はね、とても大事な事だと思ってるんだがね」


新藤さんに睨まれてしまった。と言うほどではないけども、彼の表情は真剣で、憂いのあるような目で見つめられると、私の胸はキューっと締め付けられてしまった。

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