ママと呼ばれたい ~素敵上司の悲しすぎる過去~
上司が残業しない理由
「これ、私が使っていいんですか?」

「もちろんさ。どうして?」

「だって、これは……」


“奥さんのでは?”と続く疑問を私は口に出来なかった。なぜなら、奥さんはもう……。たぶん、だけど。


私は新藤さんを見上げ、彼も私を見つめた。その漆黒の瞳が一瞬だけ揺れたように見えたのだけど、次の瞬間には彼は目を細めると、ニコッと笑って私の頭に手を乗せた。


「えっ?」

「あ、ごめん。その……髪が跳ねてたんでね」

「そ、そうですか。あの、昨夜は本当にすみませんでした。私、殆ど憶えていないんですけど、あの後……」

「悪いけど時間がないんだ。話は後でしよう?」

「あ、はい」

「君も支度を急いでくれ。あ、服は着替えるといい。その服では、会社の連中にばれるからね」


確かに。昨日と同じ服で出社したら、私が新藤さんの家に泊まった事がバレバレだ。でも……


「着替えがありません」

「それは大丈夫だと思う。後で渡すよ」


そう言い残し、新藤さんはまみちゃんがいるダイニングへ戻って行った。そんな彼の後ろ姿を見つめる私の頭には、まだ新藤さんの大きな手の温もりが残っていた。

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