ロシアンルーレットⅣ【クライムサスペンス】
高広が先に足を踏み入れた。那智もそれに続く。

「まるで観光地みたいだ」

高広の後について歩く那智が、左右を眺めながら不思議そうに言う。見渡す限り、ごく普通の商店街だ。店員も客も、どこにでもいる一般人で、物騒な気配はどこにもない。

「観光地だよ」

ふっと鼻を鳴らして失笑したあと、高広は那智を振り返る。

「観光客用の駐車場もあっただろ」

「ああ、あれ」

那智は、つい先ほど愛車を停めた場所を思い出す。堤防を下った所に、アスファルトで舗装された、無駄に広いスペースがあった。思い返せば、他にも数台、見慣れた普通車が停まっていた。

「って言っても、ここに来るのは、観光客とは名ばかりのヤク中ばっかだろうけどな」

言って高広は、薄っすら苦笑した。

「ああ……普通の主婦でさえクスリに手ぇ出す時代だからな。嘆かわしいね、全く」

那智は真面目くさった顔で呟き、そして続けた。

「ってことは、ここで腹ごしらえはできそうもねぇな。あー腹減った」

「丁度いいじゃねぇか。腹膨れたら、動きが鈍くなんだろ。俺らが用あんのは、あの奥だ」

高広は進行方向のずっと先を、目線だけで指した。薄汚い中華料理店が行く手を阻むように建っていた。『清龍飯店』と書かれた赤い看板を、誇らしげに掲げている。

そこを境に、雰囲気ががらりと変わる。アーケードは途切れ、雑居ビル、ネオンサインを掲げたいかがわしい店、簡易ホテル、その他諸々が協調性なく勝手気ままに立ち並んでいる。

昼間だからか看板の電飾は点灯されていない。人の姿も見当たらず閑散としているが、ゴチャゴチャした景色は、目にうるさく感じた。


「遠いな」

那智がボソリとこぼせば、

「さっさと歩け、若者よ」

背後の高広が、那智の肩にポンと手を載せ彼を追い越していった。



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