ロシアンルーレットⅣ【クライムサスペンス】
「時間の無駄だ」

店の奥からしゃがれた声が響く。控え目な音量だが、張り詰めた空気の中、それはよく通った。店内の全員がそちらを向く。誰もが立ち上がって、戦闘態勢に入っている中、ただ一人、深々と椅子に腰かけたままの男がいた。

ダークスーツを着込んだ、でっぷりとした初老の男。カッターシャツの襟元は、たっぷり蓄えた脂肪で今にもはち切れそうだ。そこに、追い打ちをかけるように、派手な柄物のネクタイをきっちり締めており、とても窮屈そうに見えた。

だがその男、小柄ではあるが、只者ではない威厳を纏った佇まいから、この中のトップであることは、誰の目から見ても明らかだった。


「何故だ? 俺はまだ何も……」

高広はすぐさま反論しようとしたが、それを途中で遮って、初老の男が心なしか語調を強めて言う。

「もし、それを聞いたとして、だ。俺たちが答えようが答えまいが、お前ら、ここから生きて帰れるとでも思ってんのか?」

「ここ、そんなヤバいとこなの?」

那智がおどけた口調で、わざとらしく驚いてみせる。高広は無言で睨みつけた。


状況は最悪だ。けれどここで怯むわけにはいかない。相手を無駄に挑発するような言動を繰り返す那智の目的が何なのか、さっぱり見当もつかないが、高広は、今、ここで、自分が出来ることを、精一杯貫き通すしかない。

那智は当てにならない。

「構わねぇさ。生きて帰れたところで、どのみち俺たちはお終いだ。だから頼むよ。話だけでも聞いてくんねぇかな? あんたらにとっても悪い話じゃない」


初老の男は、高広の全身を舐め回すように凝視し、しばらくの間、考え込んでいるようだった。やがて、重そうに再び口を開いた。

「こっちの男は、ちぃとはまともに話ができるようだな。いいだろう、聞くだけ聞こう」

高広は、小さく安堵の息を漏らした。だが、単に一難をやり過ごしただけ。未だ窮地の真っ只中にいることに変わりはない。一寸も気を抜けない。


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