ロシアンルーレットⅣ【クライムサスペンス】
「何があった?」

「成田を出たところで、ちょっとしたトラブルに巻き込まれてな。敵対してる組のもんに、ブツを狙われた。どっからか情報が洩れてたらしい。まあ、その件については、おりおり突き止めるとして……とにかく、そん時に仲間が脇腹を刺された」

「ヤクが入ってる腹を刺されたんだろ? そいつはもう、助からねぇだろ」

初老の男は、バカバカしいとでも言いたげに、その顔に嘲笑を浮かべた。


「いや、幸い急所は外れてるし、意識もあるから、ブツが無事なのは確かだ。ただ、あの出血の量じゃ、このまま放置したら確実にそいつは死ぬ。そしたら非常に面倒なことになる」

「いっそ腹掻っ切って、ブツだけ取り出したらどうだ?」

「残念なことに、俺は人間の体を切り刻んで、悦に浸れるタイプじゃないんでね」

「緊急事態だろ? 何言ってんだ。なら、そっちのバカにやらせろよ」

「あいつは手先が器用じゃねぇから繊細な作業は無理だ。多少取り出せたとしても、せいぜい二割がいいとこだ。それに、仲間を一人失えば、次からの仕事がしんどくなる。ゆくゆくは、自分で自分の首を絞めることになる。できればそれも避けたい」


初老の男は、じっと高広を見詰めた。今までの話が真実か否か、見極めようとしているように見えた。だから高広も、頑として視線を逸らさずにいた。

かなり無理のある作り話だが、もうここまで来たら、彼らに信じてもらうしか、目的を達成する術はない。


しばらくの沈黙の後、初老の男は言った。

「それで、頼みってのは何だ?」

先ほどより心なしか穏やかな口調だった。どうやら高広のハッタリが通用したらしい。

「医者を紹介して欲しい」

「だろうな。で、見返りは?」

「儲けの二割」

「五だ」

「冗談はやめてくれ。こっちは命がけでやってんだぞ?」

「お前、自分の立場がわかってねぇようだな。だったら、商談不成立だな」

言って初老の男は、その傍らに立っている男に、意味有り気な視線を送った。それまでマネキンのように微動だにしなかった男は小さく頷くと、高広を取り囲んでいる連中に顎で合図する。

男たちが一斉に、高広に向かって銃を構えた。


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