ロシアンルーレットⅣ【クライムサスペンス】
那智は、自分のすぐ傍にあったテーブルの上の箸立てから一本を抜き取り、男たちの合間を縫って走り出した。

やや遅れて鳴り響いた、複数の銃声。

高広は咄嗟に、自分の頭を抱えてその場にしゃがみ込んだが、那智の方は、銃声など物ともせず、初老の男に向かって突き進む。その常軌を逸した素早さは、まるで彼自信が弾丸のようだった。

那智が床を蹴って飛び上がる。そうして、初老の男が面している机の上に、片膝をついて着地した。逆手に握った箸の先は、初老の男の右目に向けられている。その隙間は、1センチもない程で、那智がくしゃみでもすれば、男の目に突き刺さるだろう距離だった。

ピタリと止む銃声。時が止まったように、場は静まり返った。聞こえるのは、味方が放った流れ弾が運悪く右肩に命中し、その場に崩れ落ちた男の微かな呻き声だけだった。


那智は、その視線を初老の男に留めたまま、傍らに立っている男に左手を差し出した。男は右手を懐に忍ばせた格好で、茫然と立ちすくんでいた。

「それをこっちに寄越せ」

「わたしに言ってるのか?」

傍らに立つ男は、真面目くさった顔で問う。

「他に誰がいんだよ? さっさとしろよ。変な真似したら、こいつの目ん玉潰すぞ」


初老の男は、全く動じる様子もなく、ふう、と小さく息を吐いた。そして、

「お前、躾がなってねぇな。ここは飯食うとこだぞ? そこに土足であがるってぇのは、いくら何でも頂けねぇな」

やけに落ち着き払った口調で言った。

「この期に及んで説教か? 大したタマだよ、あんた」

那智は苦笑した。

「そうだなぁ。あんたの言う通り、俺はお行儀が悪い。土足で食卓にのるのなんて当たり前。おまけに箸の持ち方も、使い方も間違ってるよな?」

言って那智は、にっと、一瞬だけ口角を上げて笑みのような表情を見せた。だがすぐ真顔に戻り、

「おい、あんた。セイフティ外すのは構わねぇけど、グリップはこっちに向けて渡せよ?」

初老の男から視線を逸らすことなく呟いた。

男は何も言い返さず、微かに目を細めた。そうして、渋々といった様子で懐から銃を抜き出すと、言われた通り、那智の左手にそのグリップを握らせた。



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