ロシアンルーレットⅣ【クライムサスペンス】
その時、高広のジャケットのサイドポケットの中でピピピピッピピピピッと電子音が鳴り出した。

那智に胸倉を掴まれたままの格好で、高広たちは凍りついたように動きを止めた。二人は息さえ殺してゆっくりと、その視線を初老の男の方へと向けた。

初老の男は二人に向かって、

「出ろよ」

と顔色一つ変えずに言う。

那智が乱暴に高広のジャケットから両手を放すと、高広はゆっくりと立ち上がった。そして左手だけホールドアップの格好で、周囲の様子を窺いながら、しつこく鳴り続けるそれをジャケットのポケットからそろそろと引っ張り出し耳にあてがった。

「助けが要るんだろ? 高広」

高広たち二人の絶対絶命のピンチを何故か知っているらしい電話の向こう側の人物は、実に陽気だった。電話の相手は高広の無言を肯定だととったらしく、

「今そっちに向かってる。もう二、三分で着くかな」

一方的に言い電話を切った。

『向かってる』? 『二、三分で着く』? 相手の言う意味が理解できずに戸惑う高広を見て、初老の男は心なしか眉を顰め、

「何だって?」

と問うた。

高広は携帯を持つ右腕を脱力させだらりと下ろし、呆然としながら答えた。

「仲間がここに向かってる」

「何人だ?」

すかさず初老の男は訊き返す。

「一人」

高広が答えるや否や、プハッと、男は堪えきれずに声を出して嘲笑った。

「一人と言っても――――――

一人だと思わない方がいい」

「何言ってんだ、お前」

初老の男がバカにした口調で失笑混じりに言うが、高広は気分を害する様子もない。じっと動きを止め耳を済ましていた。

同じく那智も、フリーズしたままどんな微かな音も聞き逃すまいと集中している。


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