ロシアンルーレットⅣ【クライムサスペンス】
那智にとっては初めて見る男だった。が、整ったハーフ顔、すらりとした長身、破天荒な戦略、この三つから思い当たる人物は一人しかいない。

「有坂龍一?」

思わずフルネームが口からこぼれ出た。

「初めまして……だよな? 芹沢那智くん」

その人は、場に似つかわない涼しい顔で那智を振り返る。そのまま高広へ視線を移すと、

「久しぶりだな、高広。元気か?」

と言って愛想よく笑った。

「元気じゃねーよ、見りゃわかんだろ!」

苛立った声で高広は即座に返した。

初老の男が苦笑しながら口を開いた。

「一人と聞いて油断した我々の負けだ」

高広が「だからちゃんと忠告してやったのに」とボソボソ呟くが男は構わず続けた。

「そっちの要求を聞こう」

「だから何度も言ってんだろ、医者を貸せって」

龍一のらしくない乱暴な口調に、高広は内心『えっ?』と驚いたが、そんなことはもちろんおくびにも出さず平静を貫いた。

「そうだよ、しつこいぐらいに言ってんのにあんたときたら」

そして、大袈裟なほど深い溜息を吐いてみせる。

「本当か? 本当に怪我人がいて、医者を貸してほしい、それだけなのか?」

「疑り深いジジイだなぁ、めんどくせぇ」

毒を吐く時に限ってやけに滑舌のいい那智に向かって、高広は「おい!」と振り返る。高広に一瞥くれるも、悪びれることなくすぐさまそっぽを向く那智。

「金ならここにある」

言いながら龍一がおもむろに車に向かって動き出した。後部座席の扉を開け片腕を中へ突っ込む。周りに居た輩たちは、新たにとんでもない武器が持ち出されるのではと警戒してか、表情を強張らせた。

だが、龍一が手にしていたのは銀色のアタッシュケース。それを机の上に置き解錠の音を鳴らして開けると、くるりと滑らして回転させ、初老の男に中身が見えるようにした。


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