ロシアンルーレットⅣ【クライムサスペンス】
初老の男は顔色こそ変えないが、満足気にひとつ頷くと、側近の男に顎で指図した。

男が電話を済ませること15分。お互いの警戒心や緊迫感が微妙に薄くなりかかった、そんな時だった。裏口から人が入って来た気配がしたため、場の全員の視線がそちらの方向へ集まった。

店のホールにふらりと緊張感なく姿を現したのは、辻岡昴本人に間違いなかった。旧知の仲である高広が、他の者に気付かれないよう注意を払いながら、那智に目くばせしてそのことを伝える。

辻岡は寝起きであるのか、パジャマのような上下スウェット姿、そして生気のない半開きの目をしていた。が、高広の姿を視界に入れると、一瞬だけその瞳に光が宿る。抜け目なくそれに気付いた初老の男は「知り合いか?」と辻岡に問うた。

「いや、金髪ロン毛ってなかなかお目にかかれないから、ちょっと驚いた」

辻岡は間髪入れずに答え、力なく笑った。初老の男は特に不審がる様子もなく、再び側近の男に顎で指図し、男が辻岡に一部始終を簡潔に説明した。

「報酬は?」

辻岡がぶっきら棒に訊ねると、初老の男は開きっぱなしのアタッシュケースを目で指し示し、

「一割やる」

殺傷能力すらありそうな目力を存分に発揮しながら言った。

「二割で決まりだな」

辻岡は平然と言い放つ。目力どころか寝惚け眼であるのに、その何事にも動じず飄々としている様は、初老の男の鋭い眼光など、ふんわり受け止め吸収して、さらには消滅させてしまったように見えた。

初老の男の返事など聞かず、辻岡は高広と那智に向かって「怪我人のところまで案内してくれ」と言いながら、重そうなボストンバックを持ち上げ右肩に掛けた。


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