ロシアンルーレットⅣ【クライムサスペンス】
「乗れよ」

龍一が、店の中に頭を突っ込んだままのワンボックスカーの運転席に回り込んで言った。

「それに?」

那智が不思議そうに訊ねた。

「そう、これに。何か問題でも?」

「いや、これってもはや事故車じゃん?」

「故意にやったから事故じゃない。屋根もあるし、エンジンもイカレてない。もう一度言う、何か問題でも?」

「はあ? この人何言ってんの? 俺は歩いて行く」

那智が踵を返し店を出て行こうとする。すかさず高広が那智の行く手を阻み、

「まあまあ、そうカッカしないで。とにかく乗ろう。乗せて頂こう」

那智の両肩を掴んで方向変換させながら、宥めるように言った。さらに那智の耳元で、高広が小声で囁く。

『いちいちムキになるなって。アイツ、お前をからかって楽しんでんだよ』

そう言われて那智の目が自然と龍一に向く。一見、涼しげな無表情に見えるが、よくよく見てみるとその口元は微かに上がっていた。

「くっそ、バカにしやがって」

「出会って早々、気に入られたな。さっすが那智くん」

「黙れ、金髪」

「お前も金髪だろ」

「俺は人工。地毛は真っ黒です」

そうこうしている間に、辻岡は既に後部座席に乗り込んでいた。高広が助手席に乗り、那智も渋々後部座席のステップに足を掛けたその時、

「おい、若いの」

初老の男が呼び止めた。この期に及んでまだイチャモンでもつける気かと、うんざりした面持ちで那智が振り返ると、

「うちで働かないか?」

初老の男は続けた。

「は?」

「今の二倍、いや三倍払おう」

どうやら那智はこちらにも気に入られたらしい。考えときます、と適当に返せば、

「お前、社交辞令なんか言えるのか? 大したもんだ」

初老の男は愉快そうに笑った。

「気が変わったらいつでも訪ねて来い。俺の気が変わってなければ雇ってやる」

「ふうん」

那智は興味なさそうに頷き、車に乗り込もうとしたが、ふと思い留まって、初老の男を振り返る。そして、

「履歴書、要るか?」

真面目くさった顔で言った後、悪戯っぽく微笑んだ。初老の男は、益々声高らかに笑い、

「特に必要ねぇけど、お前のなら一見の価値がありそうだな。是非持って来てくれ」

と言った。


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