ロシアンルーレットⅣ【クライムサスペンス】
「辻岡の実家って、確か……」

俺が必死に記憶を辿っていると、

「福岡だろ」

那智があっさり答えた。若い頭脳ってのは優秀だね。必要な情報が必要な時にすぐ引き出せるようになっている。

「長浜ラーメンでも食いに行くか」

那智がため息交じりに言うが、まんざらでもない表情。

「那智くん、誰に言ってる?」

「もちろん、皆人くん、あんたに」

そう言われて見回せば、ヒゲはとぼけた顔して、

「俺の役目は辻岡とお前らを会わせるとこまでのはずだ。だろ?」

と肩をすぼめて見せた。

「辻岡から十分な情報を引き出すまでのつもりだったけど?」

すかさず俺が言い返せば、

「辻岡は『俺の実家へ行け』って言ったろ。十分じゃねぇか。とにもかくにも次にやるべきことが何か、はっきりしただろ?」

だとさ。那智が「俺もそう思う」とヒゲに同調する。那智くんのまさかの裏切り。

「じゃあ、兄貴は? さっき俺たちを手伝いに来たって言ってたよな?」

「悪い、実は俺も、こっちでちょっとやることがある」

せっかく久々に東京出て来たし、と続けて困ったような苦笑を浮かべた。どうも胡散臭い。

「なんだよ? こっちでやることって」

正面から睨みつけて問いただせば、兄貴の目が宙を泳ぐ。ますます疑わしい。

「その……詳しくは言えないけど……大物政治家の妻から極秘情報を得て……」

「は?」

兄貴の突拍子もない自供に、その場の全員が唖然として首をかしげた。大物政治家? その妻? 極秘情報? どれもが命すら狙われかねない危険ワードだ。

「詳しくは言えないけど、以前、政府の依頼で護衛を任されたことがあって、その彼女から相談を受けて……」

「ああ、もういいよ兄貴。俺まだ死にたくないし」

「俺は聞きたい。どんな相談?」

那智は興味津々だ。本当に怖いもの知らずだよね、独り身の若者は。

「それは言えん」

兄貴はつん、とそっぽを向く。なんだよその女子みたいな態度は。

「えー教えてくれよー。すっげ気になるー。いいじゃん、いいじゃん、俺、口固いよ?」

「那智くん、兄貴は詳しく言えないっつってんだからさあ」

そうこうしているうちに、俺はこれで、とヒゲが俺たちに背を向けて歩き出す。

「ヒゲ、送ってく!」

咄嗟に俺、ヒゲの背中に向かって叫んだ。俺の車じゃないから、もちろん那智の運転で送ってやるつもりだった。けどヒゲは振り向きもせず、

「いや、いいよ。タクシー拾うかなんかして適当に帰るわ」

と軽い調子で言い、右手の平を頭の上でひらひらさせた。『ありがとう、ヒゲ。助かったぜ』と、ヒゲの背中に向かって心の中で呟いた。那智を見ると、高広の後ろ姿に向かって右手を振り返していた。

そして兄貴は……ボンネットの潰れた漆黒のワンボックスにそそくさと乗り込もうとしていた。

「待てって、兄貴」

全力で走って近寄り、兄貴の右腕を掴んで引き留めた。

「福岡にどんな危険が待ち受けてるかわかんねぇだろ? 可愛い弟が心配じゃねぇのかよ?」

兄貴の右腕にしがみつく俺の手を、反対の左手でそっと優しく、でもやや強引に、むしろ力任せに引き剥がし、

「可愛い弟のことは心配だ。でもお前には芹沢那智がついている。これはもう安全が保障されたも同然だろ?」

「なに言ってんだよ。あんなガキ、頼りになんねぇよ。なぁ兄貴、お願いだから一緒に来てくれよー」

『あんなガキ、頼りになんねぇよ』の部分は悪口なので、声を潜めて那智に聞こえないよう配慮した。

「あのなあ、皆人。あいつには俺たちみたいに得意分野がないんだよ」

兄貴の言わんとすることがわからない。チワワくん=爆弾、日置=暗号解読、みたいなこと?

「そんなん聞いたら尚更不安じゃん」

「バカ、その逆だよ。あいつはオールマイティなんだ。お前は俺たち全員と一緒に行動してるようなもんなんだぞ」

那智のすごさは理解した。でも……。

「でも所詮、一人じゃん?」

「それは……分身の術でも身に付けない限りどうにもならんな」

兄貴は申し訳なさそうに目を伏せた。

まったくもう……何が『分身の術』だよ。俺が真面目に話してんのにファンタジーぶち込んでくんなよ。

「それに……」

兄貴が渋々といった感じで再び口を開く。

「彼女が持ってる情報は、もしかしたらお前らが追ってる件と関係あるかもしれない」

「どういうこと? やっぱ詳しく聞かせて」

「今はこれ以上言えない。何かわかったら必ず共有するから、それまでお前は、お前がすべきことを那智とやれ」

「上司みたいに命令すんなよ」

ムッとして言い返せば、那智が俺の耳元に手を添えて、「龍一くんは皆人くんの上司だよ」と、内緒話みたいに囁いた。
< 152 / 172 >

この作品をシェア

pagetop