鬼部長の優しい手
「おかえり、七瀬ちゃん。」
「あ、山本くん、ただいま」
うつむき、途切れそうになった集中力を
保とうと、俺が必死に書類に向かっていると、
山本が明るい口調で、七瀬にそう言った。
くそっ、なんでそんな自然に
話しかけられるんだよ山本。
…言ってやれよ俺も。
精一杯、優しい声で、
“おかえり、七瀬”って。
そんな簡単な言葉が、
七瀬を前にすると、
喉につっかえて出てこない。
楽しそうに、
七瀬と笑いあっている山本が
うらやましい。
…山本を嫌いになりそうだ。
俺は七瀬に話しかけられない不満と
イライラを山本にぶつけるかのように、
楽しそうに笑う山本を睨み付ける。
「部長」
眉間にシワをよせて、
山本を睨んでいると、ふいに
笠野に声をかけられた。
「顔、怖すぎです。
さっきも言いましたけど、
眉間のシワどうにかしたらどうです?
七瀬に“部長、怖い…
あんまり近づかないでください…!”
とか言われても知りませんよ」
笠野のはニヤニヤと笑みを浮かべながら、自分の眉間を指差し、
楽しそうに、そう言った。
…ニヤニヤ笑う笠野に若干殺意まで
抱きそうになる。
あと、
「七瀬の真似似すぎてて驚いた。
あいつなら言いそうだ。」
ふと、未だ山本と楽しそうに笑いあう
七瀬を見つめそう呟く。
それだけで、鼓動が速まって、
なんだか、幸せになるのだから、
これはもう、重症だ。