鬼部長の優しい手
「お、おわったー!」
「お疲れ、私も疲れたわ。
さ、早く行こ?この時間帯、
どこの店も混んでるかもね…」
「そうだね…
急ごっか!」
私の作業が遅いばかりに
黛実に約30分間も待たせてしまっていた。
気づくと時刻は7時40分をまわったところ。
私は急いで荷物をまとめると、
眠そうに欠伸をする黛実と、
外に出た。
「どこにする?
どこもいっぱいかな…」
もう7時半過ぎたし
ちょうど家族連れとか仕事終わりの
成人たちが店をしめてるころだろうな…
「久しぶりにあそこ行こっか!
あそこの角のお好み焼き屋」
私が、あれこれ悩んでいると、
誕生日に私があげた赤いハイヒールを
ならしながら私の隣を歩く黛実が
ふふっと笑いながらそう言った。
…お好み焼き屋ってまさか、
「やっぱり、ここ?」
少し歩いて立ち止まったのは
青いのれんのかかった小さなお好み焼き屋。
「ええ、嫌だった?」
黛実が提案した店は、
部長と一緒に初めて食事に行った店。
「凉穂?どうしたの?
入らないの?」
黛実の高音できれいな声も、
『七瀬?どうした?入らないのか?』
あの日の部長の声と、言葉にリンクする。
ああ、なんで思い出しちゃうかな…
飲んで忘れようと思ったのに。
あー、やばい。
なんか視界がぼやけてきた。
視界のぼやけとともに、
襲ってきた鼻の奥がつんっとする感覚。