鬼部長の優しい手
「凉穂?」
「あ…っ、ごめん、
入ろう!」
こぼれ落ちそうになった涙を
黛実に見えないように拭って、
青いのれんをくぐり、スライド式の
扉をあける。
「いらっしゃいませー!
何名様でしょうか?」
「二人よ。」
「二名様ですね、
二名様ご案内ー」
男同士の飲み会や、
家族連れの賑やかな声が店に響いていた。
見るところ、そんなに混んでないみたいだ。
必死に涙をこらえながら、
笑顔をつくり、黛実の後ろを
大人しくついて歩く。
…そうだ、私、この席で
部長と食事して…
部長が酔いつぶれて、
ところ構わず抱きついてきたりとかして、大変だったなー…
部長と座った席を通りすぎながら、
そんなことを考える。
「あの、二階の個室って、まだ空いてますか?」
「あ、はい。まだ空いてますよー!」
部長のことを思い出しながら、
黛実と、元気な店員さんの後を
ついて歩いていると、
二人のそんな会話が聞こえてきた。
「え!?ちょ、ちょっと待って黛実!」
「なによ?」
「ここって、個室とかあるの!?」
私は驚いて黛実にそう聞くと、
黛実は冷静に“あるわよ?何、あんた知らなかったの?”と言ってきた。
そもそも二階があることすら
知らなかった…
驚く私をよそに、
ずんずんと二階への階段を上っていく店員さんと黛実。
上がると、眩しいくらいに明るい照明に五つくらいに仕切られた、個室があった。