恋はしょうがない。〜職員室の秘密〜
三十路も半ばにさしかかろうかという大人の男なのに、この男子中学生のような感覚。多少虚しさを感じなくはないが、古庄はまさに中学生の心のままで、真琴に恋をしていた。
「このヴォルガ川はね。ヨーロッパ大陸で一番長い川で……」
「賀川先生。これ、さっきの授業でうちのクラスの生徒から預かったんですけど。文化祭のクラス展示のことらしいです」
古庄が説明している途中で、真琴に声がかけられた。目を上げなくても、真琴のクラスの副担任をしている高原だということは、すぐに分かる。
「古庄先生、ありがとうございました」
そう言いながら、真琴が席を立った。高原のもとへ行って、今古庄としていたように、高原と頭を寄せ合ってひとつのプリントを覗き込んでいる。その様子を、古庄は苦々しく自分の席から見遣った。
高原は普段から、副担任ということ以上に、やたらと真琴に馴れ馴れしい。少なくとも、古庄の目にはそんなふうに映る。
『俺の真琴に手を出すんじゃねー!』
と言ってやりたいところだが、古庄にはそんな権利はない。古庄と真琴は、恋人同士でもなんでもない。“ただの同僚”で、それ以上でもそれ以下でもないからだ。