恋はしょうがない。〜職員室の秘密〜



 真琴は涙を食い止めるために、少し強い口調でそう言って、古庄を睨んでしまった。
 古庄も真琴の言葉と目つきに怯んでしまい、その後の言葉が続かない。


 結婚してから、まだ真琴とはキスもしていない。それなのに、その最愛の奥さんの目の前で、他の女とキスをしてしまうなんて、そんな間抜けなことをしでかす男は、そうそういないだろう。
 奥さんの逆鱗に触れても、申し開きの余地もない。


 ただ、あの行為に自分の意思は微塵も介在していなかったことを、古庄は真琴に解ってもらいたかった。そして、自分の唇に残る忌々しい感覚を、真琴の力で早く忘れさせてほしかった。

 けれども、こんな状況で弁解してもキスを求めても、真琴をもっと不愉快にさせるのがオチだ。

 古庄は、なす術もなく佇んで真琴の様子をうかがった。そんな風に見つめられると、感情が乱されて、真琴はますます泣きたくなってくる。


 二人は現状をどうすることもできずに、ただ金曜日の賑やかな夜の中に立ち尽くした。



「うわっ!ちょっと、あの人見て!!」


「すごっ!!めちゃくちゃカッコいーじゃん!」


「えっ?!何、何?わっ!ホント!完璧…」


 真琴と同年代の女性の集団が、露骨に古庄を振り返って、まじまじと観察しながら、側を通り過ぎていった。


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