恋はしょうがない。〜職員室の秘密〜
手の甲で涙を拭って、真琴が顔をあげると、視界の端に理子を捉えた。往来の真ん中で、顔を両手で覆って立ちすくんでいる。
真琴は古庄の脇を抜けて、理子のもとへ向かおうとした足を途中で止めた。
「一宮先生を送るので、先に帰ります。すみませんが、二次会のお金、立て替えておいて下さい」
振り返りながら、古庄にそう言葉をかける。
「わかった……」
真琴の方から言葉を発してくれたことにホッとしながらも、古庄は真琴の口調が他人行儀なことに気がついた。
まだ、自分は真琴の夫に成り得ていないということだ――。
真琴が理子に歩み寄り、肩を抱いてタクシーを止めるのを、古庄は遠目で見守った。
自分の方が辛い状況にも関わらず、あんなふうに他人を労わることのできる真琴が、愛しくてたまらない。
どうにもならない、もどかしい気持ちを抱えて、古庄は真琴の乗ったタクシーを見つめて唇を噛んだ。
タクシーが見えなくなるまで見送ると、先ほどのスナックの方へと足を向ける。
真琴を追いかけて一瞬で走ってきた数十メートルは、今の古庄の重い足取りでは、とてつもなく遠く感じられた。