あの日あの時...あの場所で
嘘ついてごめん。
だけど、どうしても本当の事が言えなかったんだ。
私の知らない何かを...知ってる圭吾。
柊を助けたいのだと言った圭吾。
あの時の彼の瞳には嘘はなかった。
今更、柊の事を知ってなんになる?
私から離れてったのは、彼の方なのに。
友達とも、恋人とも言えない様な狭間の関係だった私達。
そんな私達が、今更縁を持つことに意味はあるのだろうか?
キュッと握った拳。
掌の中で折り畳まれた紙がカサッと乾いた音をたてた。
圭吾が消えていった防風林をぼんやりと見つめていた。
「瑠樹、中へ入るぞ」
私の肩を抱いた豪が別荘の入り口へと促す。
「...あ、うん」
豪へと視線を向けて頷いた。
圭吾は上手く逃げ切るだろうか?
何かをした訳でもない彼が捕まってしまうのは不本意だ。
彼は、本当に私に会いに来ただけだろう。
話をし、そしてこの紙を手渡す為に。
その為に、危険を侵してまでここに来た。
豪や王凛のメンバーが警戒してるにも関わらず。
彼にとって私との接触は、それほど大切なことだったんだと思わざる負えない。
柊には関わらない。
そう決めたはずなのに、私の心は揺らいでいた。
手の中にある、たった一枚の紙によって。
「シャワー浴びたら少し寝るね」
一緒に入り口とドアをくぐった豪に伝える。
「...ああ、分かった」
なに言いたげに見下ろす豪に気付かない振りをする。
「潮風で体が疲れちゃったのかな。凄く眠いや」
さっき寝てたのにねと笑ったら、
「確かにな」
と笑い返してくれた。
その優しい微笑みに胸の奥がズキンと痛む。
ごめんね、豪。
嘘つくと、良心が凄く痛む。
だけど、今の私は何一つ豪に話せない。
これ以上、嘘をつくのが嫌で早く一人になりたかった。
「これ、ありがとうな」
豪が差し出したのは、私のバスタオル。
「ううん」
首を左右に振ってそれを受け取った。
「水分をしっかり取って寝ろよ。熱中症になる」
私の頭を撫でてくれた豪は、腰を抱いてた腕を解いてくれた。
「うん、そうする。また後で」
頷いて豪に手を振ると私は目の前にある階段を上った。
「瑠樹さん、後で部屋の方に飲み物をお届けしますね」
背後からの声に立ち止まって振り返る。
「あ...うん。お願い夏樹」
「ええ、もちろんです」
優しく微笑んで手を振ってくれた夏樹に手を振り返して再び階段を上った私は知らなかった。
そんな私の背中を豪が険しい表情で見つめていたなんて。