あの日あの時...あの場所で
与えられた部屋に入ると、迷わずベランダへと駆け寄った。
正面に広がる砂浜ではなく、長く横に伸びる防風林へと目を向けた。
圭吾は....逃げ切ってる。
そう思うのに、やっぱり少し心配で。
疎らな防風林の林の中を右往左往しているのは、豪が放った王凛のメンバー。
「...上手く逃げたみたいね」
ほっと息をつく。
圭吾が見つかって、余計な争いの種になるのは避けたかった。
彼が来た目的は私で、王凛に対してのものじゃないしね。
無益な争いの火種は要らない。
圭吾が今ここで捕まれば、王凛もそのままにしてなんておけないもんね。
不良には、不良のプライドがある。
それを犯されれば、それに対する報復をする事になる。
無駄な血を流してほしくない。
圭吾の姿が無いことにホッとして、ベッドへと崩れ落ちるように座った。
「はぁ...良かった」
本当に、危なかった。
豪は私が嘘をついてるのはきっと気付いてる。
だけど、突っ込んで聞いてこないのは、私がなにも言わない事を分かってるから。
何度聞かれても、道を聞かれたとしか答える気はない。
だって圭吾が接触してきた理由を言えないんだもん。
豪達に、柊との事を話して聞かせられるほど、私はまだ成長できてない。
胸の奥で燻る何かを自分でも消化できていないんだ。
握り締めていた拳をゆっくりと開いた。
その中から現れた折り畳まれた紙。
両手で慎重に開けば、4つ折りされてた紙には圭吾の名前と連絡先が少し丸みの帯びた可愛い文字で書かれてた。
「...連絡なんてしないのに」
口ではそう言いながらも、私は連絡先の書かれた紙を捨てられないでいる。
私の知らない真実.....それを知るのが凄く怖い。
知ればきっと私の日常は変わってしまう。
だけど、知りたいと思う私も居て。
両極端の思いが心の中でせめぎ合う。
柊.....忘れた思いが蘇ってくるよ。
大好きで、大切で、いつも私の中には彼が居た。
もう私の知る彼がいないことは分かってるのに。
それでも、あの頃の笑顔をもう一度見たいと願ってしまう。
フフフ...もう無理なのにね?
漏れ出た笑いは自嘲的な笑み。
上手く消化できなかった思いは、いつまでも胸の奥で燻っていたんだね。