あの日あの時...あの場所で
「ま、良いや。行こう」
豪の手を引いて歩き出す。
心なしか豪の足取りは重い。
「瑠樹ちゃん!」
愛らしいその声に振り向けば、美保ちゃんと両親がログハウスの前に立ってこちらを見ていた。
「あ...美保ちゃん。飲み物ご馳走さまでした」
そう言って頭を下げると、首を左右に振って優しく微笑んでくれた。
豪は隣で無愛想に会釈する。
「瑠樹ちゃん、これ」
美保ちゃんは駆け寄ってくると一枚のメモを差し出す。
「ん?」
なんだろうか?と首を傾げる。
「美保のアドレス、良かったらメル友になってください」
なんて頭を下げされると、キュンとするんですけどぉ。
「うん、もちろん。あ、ちょっと待って」
ポーチからボールペンを取り出して、美保ちゃんに貰ったメモの端に、自分のアドレスを書いてそれをピリピリと破いた。
「はい、これ。私のアドレス」
「ありがとう、瑠樹ちゃん」
手渡したメモを握り締めて嬉しそうに微笑む美保ちゃんに私まで嬉しくなっちゃう。
ほんと、こんな妹が居たら良いだろうなぁ。
「美保ちゃん達は何処にいくの?」
「あ、美保達は向こうのパン工房に行くんだぁ」
フフフと笑って、私達の向かう牛舎とは反対側のログハウスを指差した美保ちゃん。
.....料理が出来ないのに、また無謀なチャレンジをするんだね。
「そっ、そっか。頑張ってね?」
色んな意味で。
「...うん、食べれる物が作れたらいいなぁ」
ああ、美保ちゃんも悟ってる。
「無難に、芝滑りでもしてきたらどうだ?」
豪が小高い丘になっている場所を指差した。
「うん、私もそう思うんだけどね?ママが...」
恨めしそうに振り向いて母親を見た美保ちゃん。
...うん、美保ちゃんもパン工房に行くの躊躇ってるのね。
「そうか。人生は色々ある。頑張れ」
豪は空いてる方の手で美保ちゃんの頭をポンポンと叩いた。
「うん、がんばる」
いや、そこまで頑張らないといけないのかな?
パン作りで。
「美保~行きましょう」
母親が手招きする。
「は~い。じゃあ、瑠樹ちゃん、豪君、またね」
私達に手を振って両親の所に戻っていった美保ちゃんの背中にエールを送った。
パン、食べれると良いね?
美保ちゃん達家族が背を向けて歩き出したのを見て、私達も目的の場所へと向かって歩き出す。
この時の私はまだ知らなかった。
美保ちゃんとの本当の繋がりを。
私達は意外な場所で再開することになるのは、少し未来のお話。