あの日あの時...あの場所で
心配そうに私を見下ろす咲留に、胸が痛くなった。
こんな顔させたい訳じゃないのに。
私はいつも心配かけてばかりだね?
「咲留の買い物は終わったの?」
「ああ。これ」
と咲留が掲げて見せたショップバッグ。
「そっか、良かったね?」
「ああ...買い物を済ませて店を出たら瑠樹が居ねぇから焦った。西のあの男がヘラヘラしてるのを見て、柊の奴にお前が連れてかれたのが分かって...」
「心配かけてごめん。さ、もう帰ろう」
今は何も聞かないで欲しいから。
自分の中でも何一つ整理できてない。
「ああ、そうだな?帰るか」
咲留の差し出してくれた手を、
「うん」
と掴んだ。
とにかくこの場所から立ち去りたかった。
だって、柊に触れられた温もりが私を混乱させるの。
彼の言った言葉も、私を抱き締めた武骨な手も。
私の心を掻き乱すのには十分なんだ。
咲留に手を引かれてスーパーを出たあとは、咲留が呼んでた迎えの車に乗ってマンションまで送ってもらった。
一緒にいると言った咲留を強引に帰らせた。
少しでも一人になりたかったんだ。
柊の事も、今日の事も、これからの事も、ゆっくりと考えたかった。
夕方には夜叉の巣窟の引き渡し式があるから出掛けなきゃならないのは分かってる。
だから、それまでにこの気持ちのモヤモヤを晴らしておきたい。
私は南の狼王に加護を受ける身。
西のキングに惑わされちゃダメだもんね。
大切にしてくれる豪達を裏切りったりしちゃいけない。
マンションのリビング。
大きな窓から外を見下ろせるように配置されたソファーに座りぼんやりと外を見ていた。
柊には本命が居るんじゃなかったの?
なのに、どうして私を抱き締めたりしたの?
あんなに優しく抱き締められたら...埋もれていた思いが蘇ってくるよ。
柊は狡い。
私から離れていったのに、また近付いてくるだなんて。
貴方は私なんて忘れて過ごしていたんでしょ?
なのに...なのに、どうして。
私が豪の側に居るから?
南の弱味になる私を手中に収めたいだけ?
何も分かんない。
何も.....。