あの日あの時...あの場所で
「よ~し、じゃあ出発進行!」
シートベルトを絞め終えた咲留の陽気な声。
嫌な予感しかしない。
私は胸元のベルトを掴み、助手席のドアにも掴まった。
急激にアクセルを踏んだ咲留。
もちろん私の体はそのスピードに耐えきれずにグインと背後に引かれる。
シートに張り付く背中。
「ひぃぃ~」
漏れでるのが声だけじゃなくなりそうで怖い。
急速に流れる景色、私達を乗せた車は他の車の追尾を許さないとばかりに猛スピードで走る。
はぁ?はぁ?
何してくれてんの?
運転席の咲留へと視線を向けた私が見たのは、ギラギラした瞳で前を見据えて楽しげに口角を上げた姿。
ヤバいって、完全に人格変わってるから~。
「さ、咲留、す、スピード落として」
やっと出せた声。
「ああ"?」
睨まないでぇ~。
普段の咲留じゃないよぉ。
色んな意味で恐怖が沸いてくる。
神様どうか、私をお助けください。
胸元で組んだ手。
神なんて信じてないくせに、頼らずには居られなかった。
ハンドルを握った咲留はすっかり狂喜に包まれてて。
完全に人格変わってる。
もう、何を言ってもスピードは緩まる事はないだろう。
私は心の中で誓う。
咲留の運転する車には、もう二度と乗らない事を。
帰りはお迎えの車を呼ぼう。
絶対だ。
決意して正面には向いた私の目に飛び込んできたのは、猛スピードで車を追い越す場面。
きゃ~!いやぁ~!
死にたくないよぉ。
胸元で握りしめた両手をキツく握り締めたは言うまでもない。
なんとか約束の海岸に着いた私は、フラフラになりながら助手席から降りた。
絶対に乗らない。
何があっても乗らない。
ムカムカする胸元ををさえて深呼吸する。
「る、瑠樹大丈夫か?具合悪いのか?」
運転席から降りてきた咲留が甲斐甲斐しく私の背中を擦ってくれる。
あんたのせいだよ!
「.....」
キッと睨み付ける。
「なっ、何、えっ?お、俺?」
意味が分からないらしくて、焦ってる咲留に溜め息が出た。
ハンドルを握ってない時は、いつもと変わりない咲留。
咲留の荒々しい運転で、私と同じ様に餌食になった人はいるんだろうか。