あの日あの時...あの場所で
「豪、下ろして一人で歩けないほどしんどくないし。重いでしょ?」
静かな廊下を私を抱いて歩く豪にそう伝える。
いくら、授業中で生徒達が廊下に居ないと言っても、教室を通りすぎる時に、窓際の生徒にチラチラ見られるんだよね。
「良いから大人しく抱かれてろ。俺がやりたくてやってんだ。それに瑠樹は重くねぇ」
いやいや、結構抱っこされるのは恥ずかしいんだよ。
「.....」
豪の優しい微笑みに何も言えなくなってしまうんだけど。
私、こんなに大切にされてて良いのかな?
「無理すんなよ。お前が浮かない顔してると心配で仕方ねぇ」
「...ん、ごめん」
「謝る事でもねぇけどな?」
クスッと笑った豪の足音だけが、静かな廊下に響いていた。
一階の保健室までやって来ると、豪はドアを片手でスライドさせる。
「保険医居るか?」
保健室に豪の低い声が響く。
「フフフ...居るわよ」
奥から現れたのは白衣を着た保険医、山田花(ヤマダハナ)さん。
黒髪のスレンダー美人で自称25歳の彼女は今年40歳なると、つい先日梅から教わった。
「こいつ、具合悪いからベッド借りる」
豪は保険医から私へと視線を落とす。
「あらあら、大変。狼姫ちゃんはそこのベッドを使って良いわよ」
保険医はカーテンで仕切られた幾つかのベッドの一つを指差した。
こっちよ、とか言いながら歩いて行くとカーテンを押し開けてくれた。
「すみません、お借りします」
豪に抱っこされたまま頭をペコッと下げる。
目が合った瞬間、綺麗な顔で微笑まれた。
「いいのよ、遠慮はいらないわ。しかし、噂通りに可愛らしいのねぇ。彼が猫可愛がりするのも分かるわ」
彼は豪の事だと理解する。
「...チッ..」
豪の不機嫌な舌打ちが落ちてくる。
そんな豪を見ても、保険医は楽しげに微笑んでた。
そこはやっぱり彼女は大人な対応が出来るからだろう。
「ほら、寝転がれ」
豪はそっとベッドに座らせてくれる。
「ありがと」
私は頷くと靴を脱いでベッドの中へと潜り込んだ。
洗い立てのパリッとしたシーツがひんやりとしていて気持ちよかった。