あの日あの時...あの場所で
「転校生の富田佐奈(トミタサナ)さんだ。仲良くする様に」
奥ちゃんのその言葉に今まで無関心だった豪がバッと教壇を見た。
えっ?知り合い?
胸の奥がザワザワした。
「富田さん、挨拶を」
奥ちゃんに促されて彼女が、
「富田佐奈です。中学校の頃まではこの辺に住んでました。もしかしたら知ってる人も居るかもしれませんが、親の仕事の都合でまたこちらに戻ってきたので仲良くしてください」
と透き通った声で自己紹介した。
頭を下げた富田さんは、顔を上げるとゆっくりと教室を見渡した後、豪で視線を止めた。
豪も真っ直ぐに彼女を見つめてる。
二人だけの空間がそこに有った。
富田さんは綺麗に微笑んでこちらへと駆け寄ってきた。
「豪、会いたかった」
そう叫んで。
彼女の突然の行動に教室がザワザワとざわめく。
「...佐奈」
豪は確かに彼女の名前を呼んだ。
ツキン...と胸の奥に痛みが走る。
豪が私以外の女の子の名前を呼ぶのを初めて聞いたな。
「豪、本当に豪だぁ」
豪の前まで来た富田さんは、豪にギュッと抱き着いて嬉しそうに何度も彼の名前を呼んだ。
「おい、なんだよ」
「また、狼王のかよ」
「キャーあの子大胆」
こちらを見てヒソヒソするクラスメート。
豪は彼女の背中に腕を回して抱きしめたりはしないけど、いつもみたいの嫌がる素振りも見せてなかった。
その時点で知り合いだと分かる。
そして、二人の醸し出す空気が普通のモノじゃ無いことも。
第三者である私は呆然として二人を見つめる事しか出来なかった。
あれ、なんだか、変な気持ち。
胸の辺りがモヤモヤする。
なんだろうな。
私は柊が好きはずなのに、どうしてこんなに苦しいのかな?
「お~い、富田。豪と知り合いか?それは良いが一度戻ってくれねぇ」
頭をガシガシと掻きながら先生が富田さんに声をかける。
「あ...ご、ごめんなさい。つい。すぐ戻ります」
富田さんはハッと我に返ったらしく、慌てて豪から離れると奥ちゃんの方を見て苦笑いした。
「...豪、また後で」
彼女は小さな声で豪にそう言うと奥ちゃんの方へと戻っていく。
豪はそんな彼女の背中を無言で見送っていた。
なんだろう...凄く胸がざわめくよ。