社宅アフェクション
「ビールじゃないんだ」
「なんだ?お前も飲みたい気分になる時があるのか?オヤジくさいなぁ」
「オヤジに言われたくない。それに、父さんがビール以外ってのが珍しかっただけ」
「はははっ!今日はもう、2本空けちゃったからな!」
「ちゃっかりやってんのか」



父親と息子の普通の会話。それが久々に感じ る。ここ最近は忙しかったから。身体も心も余裕がなかった気がする。


「……勝彦、変わらないな」
「なにが」
「何かあった時、ベランダに出るクセだ」
「えっ……」


父さんは缶ジュースをグイッと飲んで、俺を見た。父さんのこの目……見たことがある。


「勝彦、ありがとうな」
「?」
「試合、見られてよかった。本当によかった。勝彦の想いのつまった、最高の試合だった。ありがとな」
「……っ」


俺の……想い………


「記録としては試合に負けて、お前は甲子園をつかみきれなかった。でも、結果として何をつかんだ?」
「え…?どうもなにも、負けて──」
「勝利だけが全てじゃないぞ、人生は」


勝利だけが全てじゃない……


「知ってるか?スタンドにいた、真綾ちゃんや佳乃ちゃん、京子ちゃんのこと。直人くんのこと。試合が終わった時、みんな笑顔で泣いてたよ…お前に、礼を言いながらな」


泣く……?礼……?


「野球はなくなったかもしれないけど、勝彦には仲間がいるんだろ?ははっ、ちょっとクサいな。年とったなぁ。はははは」


そう言って父さんは缶ジュースを飲み干した。俺は黙って、開けてもいない缶を握りしめていた。
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