社宅アフェクション
「……どういうこと?」
「順番に説明するよ」


直人は私から目をそらし、前を向いた。


「俺は小さい頃から、D棟以外の人と話すことを禁じられてきたんだ。だから俺はいつもひとりで、与えられたら部屋から外を眺めてるしかなかった」


その小さな直人の様子が頭に浮かんだ。きっとすごく寂しい顔をしている。


「部屋からは、社宅の公園が見えた。遊び相手もいない俺にとっては嫌いな場所だった。でもいつだったかな、そこで遊んでいる女の子に気づいた」


窓から顔をのぞかせる小さな直人の目に映った同じくらいの女の子。彼女は……


「なんだかすごく楽しそうに遊んでた。ニコニコしながら砂場やブランコで。俺は不思議だったんだ。どうしてひとりなのに、あんなに笑ってるんだろうって……」


ひとりぼっちの女の子は全然寂しくなかった。だって、夕方になったらお父さんとお母さんが迎えにきてくれるから。


「でも、だんだん羨ましくなった。俺も、あんな風に笑えるようになりたいって…名前も知らないその子の笑顔が、憧れになった」


女の子は笑うことしか知らなかった。何も知らなかっただけ……


「小学校にあがる前には、その子はひとりぼっちじゃなくなった。俺みたいに、笑えない人たちと遊ぶようになった」


笑顔をなくした人たちに、その子は無邪気に接してた。何も知らないままで。


「その子には、笑顔を与える力があった。笑えなかった人たちは、笑顔を取り戻した。まぁひとりだけ、ずっと仏頂面の男の子もいたけど」


その子にも分からなかった。どうしてこの男の子は笑ってくれないのか。どうして嫌なことばっかり言ってくるのか。分からないから知りたくて、ずっとそばにいた。


「その女の子と男の子のことを知ったのは中学に入った時だった」


私たちは、知り合った。
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