社宅アフェクション
“思い出さなくていい”



そんな言葉が突然頭の中に降ってきた。聞き慣れた、自分の声で。
いったい何を……?



<かつひこ…かつ……ひこ>
“いいんだ。お前が辛くなるだけだ”



誰だ?俺の名前を呼ぶ女の人の声と自分の声が交差する。この声は……?



“お前は悪くない。もういいんだ”
<かつひこ、ケガはない?…よかった……>



強くなる自分の声と消え入りそうな女の人の声が頭の中をぐるぐる回る。



<かあさ……ひこが…事なら……でいい……>
“あ″ぁぁ!やめろ!!もう終わったことだ!!思い出さなくていい!!このままでいいんだっ!!”



女の人の声は自分の声にかき消されていく。もう断片的にしか聞こえない。



“な?知らないほうが幸せだよな?”



あぁ。そうかもしれない。
俺は、笑顔を向ける目の前の人に向き直した。



「父さんの会社の人とかですか?家の鍵、しめ忘れてたみたいですね。父さんならそろそろ帰ってくると思うので、リビングでお待ちください」



初老の男性は、悲しげな顔で、何も話さなかった。
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