社宅アフェクション
窓もドアも鍵をかけて、俺は掛け布団にくるまった。部屋は電気もつけていない。目を閉じると、暗闇の中だ。


こうでもしていないと、俺は今すぐにでも部屋を飛び出して、ベランダに出てしまいそうだった。
今、ベランダに行くのはだめだ。見えてしまう。


真綾が?公園が?
違う。空が見えてしまう。


父さん、言ってた。俺が最後の野球の試合に負けた夜、ベランダにいた時。
“勝彦、変わらないな。何かあった時、ベランダに出るクセ” って。


あの時はよく意味が分からなかったけど……今は……


…………………………………………………

「母さん!母さん、どこ!?」
「ここよ、勝彦」


母さんがいないと僕はさびしい。だからすぐ大きい声で呼ぶんだ。


「どうしてベランダにいるの?」
「悲しいから。今日は、母さんのお母さんが死んじゃった日なの」
「そうなの?」
「そう。勝彦の生まれるずっーと前にね」


母さんもなんだかさびしそう。


「だからね、こうしてベランダで空を見るの。空は大きいでしょう?」
「うん」
「空は大きいから、母さんの大きな悲しみも全部受け止めてくれるの」


僕も空を見た。


「そうして少~しずつ、自分の中の悲しみを小さくしていくのよ」
「空ってすごいね!」
「だから勝彦も、悲しいことがあったら空を見てごらん。ね?」


また母さんを見た。


「母さん、泣いてるの?」
「空は、悲しみを涙にして持っていってくれるから。涙が止まったら、きっと前に進めるわ」


ちょっと難しいかなって母さんは言った。

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