社宅アフェクション
俺は母さんの言葉を、心のどこかで覚えていたんだと思う。だから俺の声にも邪魔されず、無意識に空を見てたんだ。悲しい時に。


でも今はだめなんだ。悲しみを小さくしたら、また母さんを忘れてしまいそうで。過去を忘れてしまいそうで。
空に涙を持っていかれたら困るんだ。まだ、前に進めない。



掛け布団にくるまって、かたく目を閉じて、そうして作り出した暗闇の中でどのくらい過ごしただろう。
数分かもしれないし、数時間かもしれない。


「ただいま~!ん?暗いな……勝彦!いないのか?あれ、でも靴あるな。寝てるのか?勝彦!ただいま!」


玄関から、父さんの声が聞こえた。だけど、返事をする気にはなれない。


「電気もつけないでどうし……いない。部屋か?お~い、勝彦!具合でも悪いのか?」


リビングに入っていった足音が戻ってきて、俺の部屋の前で止まる。


「勝彦?入るぞ?……ってあれ、鍵かかってる……何かあったのか?おまえ」


ノブをまわす音が止み、父さんの優しい声がドア越しに聞こえる。
でも俺は何も答えなかった。なんて言えばいいのか分からなかった。


「真綾ちゃんとケンカでもしたか?」
「………?」


予想外の質問に、少し驚いた。なんで真綾が出てくるのか……


「おまえたちがよく遊んでた公園あるだろ?あそこのベンチに一人で座ってる真綾ちゃんがいてなあ。こんな暗いのに不思議でな、聞いたら何でもないですって、家に帰ったよ。でも様子がおかしくて、勝彦もこんなだから……」


俺は起き上がった。
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