社宅アフェクション
「真綾、今まで公園にいたのか?」
「ん、あぁ。いたぞ?」


とっさに携帯を開いた。8時を回っている。俺たちが別れたのは夕日の出始めた頃だ。
今までずっと、ベンチにひとりで?


手探りで部屋の電気をつけ、鍵をはずしドアをあけた。


「勝彦……」
「ケンカじゃない。でも原因は俺」
「何があったんだ?」
「俺、母さんのこと思い出した……」


父さんが明らかに驚いた顔をした。そして、いきなり俺を抱きしめた。


「父さっ……」
「つらいだろ?苦しいだろ?悲しいだろ?」
「……………」
「でも、ありがとう……」


抱きしめる父さんの体が震えている。泣いてるんだ。


「父さん、俺、話したい」
「ん?」
「思い出したこと、母さんが死んだ日のことを知ってる人に話したいんだ。そうして自分で確かめて、もう忘れたくないから……」


父さんは俺をはなした。


「じゃあ、父さんの部屋で話そう」
「父さんの?」
「あぁ、そうだ」


実は、俺は一度も父さんの部屋に入ったことはなかった。禁止されていたわけではない。
ただなんとなく、入ることも、覗くことも、俺自身が拒絶していた。


「………いいよ」


不思議と、拒絶反応は消えていた。
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