【短】人妻と、飛び魚と、真夏の果実
その頃、俺の家庭環境は、最悪な状態で。
単身赴任の父親に、愛人がいることが発覚して、母親は連日ヒステリー。
兄はお笑い芸人目指して家出したばかりで、無抵抗な俺が集中攻撃を一手に引き受ける日々だった。
家にいると、成績や生活態度のことで、説教が始まる。
最後には、「お父さんみたいになっちゃだめ」の決めゼリフ。
恋愛結婚だって言ってたのに、20年も経つとこんな風になるんだね。
ああ、やだやだ……
家に居たくない。
ーー今日も『オデオン座』に行くか。
俺は通学路を外れ、駅の方へと向かった。
子供の頃からよく知ってる、駅前通りにある古い映画館。
くすんだ赤のカーペット、重そうな扉。
深緑色のソファが置かれたロビー。
当時のまま、変わらない内装。
懐かしい匂い。
落ち着ける空間だ。
もっとも、オデオン座に関する1番新しい記憶は小2の時で、格闘技好きの兄とジャッキー・チェンの映画を観たきりだけど。