【短】人妻と、飛び魚と、真夏の果実
「この映画、好きなのね」
売店にいた綺麗な女の店員さんが、俺にコーラとポップコーンを手渡しながら声を掛けてきた。
顔を覚えられていた。
同じ映画を3日連続で観に来る高校生なんて、珍しいんだろう。
「あ…ポップコーン頼んでないすけど」
人見知りのおれは無愛想に、ポップコーンを押し返した。
腹がとても空いていたから、黙って受け取ってしまっても良かったけど、
藤枝財閥は、今、困窮状態なわけで。
「いいの。余りそうだから食べて。
私もこの映画、大好きなの。
だけど、お客様少なくて残念」
「へ…」
人懐こい丸い瞳。
肩までの艶やかな黒髪。
紅い唇のふくよかなほっぺの右側に、ひとつだけエクボ。
推定年齢36歳。
この年代の女をなんて呼べばいいんだろう。
お姉さんでもおばさんでもない。
あえていうなら、お姐さん、といったこところか。
ありがとう、お姐さん。
さらりと言えたら粋だな…
そんなことを考えていたら。