【短】人妻と、飛び魚と、真夏の果実
「あ、」
トレイに載せたカップが倒れ、泡の混じった液体がたちまち溢れる。
茶色の雫がボタボタ滴り落ちて、カーペットの床に盛大な地図を描いた。
「ああっ!すみません!」
収集つかない状況に、俺はパニッた。
「気にしないで。制服は大丈夫?
映画が始まるからもう行って。
新しいコーラとポップコーン、あとでお席までお持ちします」
モップ片手に、敏捷な動き。
ゆき届いた気配りに朗らかな笑顔。
理想の女性。
どストライクだった。
映画を見終わった後、俺は売店に寄り、彼女に話しかけた。
「あの…」
「はい?」
クッと唇が弧を描き、目尻が下がる。
可愛いい。マジいい、この人。
汗まみれの手のひらを、グッと握りしめた。
勇気だせ…ダメもとだ。
ここで言わなきゃ、大学受験も、就職も結婚も失敗する!って勢いで。
「あの、名前…教えて…」
俺のリクエストに、彼女は不思議そうな顔をした。
私?と言う風に。
無言でガキみたく、こくん、と頷く俺。
「ーーマリエです」
え…、う、
苗字の部分、聞き取れず。
いいや、マリエって名前が分かっただけで。