あの日の記憶は湿った空気のにおいと君の泣き顔に彩られている
昇降口の傘立てに傘を挿そうとしていたら、あの子の声の挨拶が聞こえた。顔を上げるといつもよりニコニコした彼女が手を振りながら、近づいてくるのが見える。
「ぐっちーおはよ」
「おはよう、立川」
彼女は水色に白い水玉模様の傘を閉じて、傘立てに挿した。こうして見ると自分のものよりずいぶん華奢にできていることに気づく。
それは彼女がひとえに女の子だからに相違ないのである。彼女の女の子らしさは爪先から髪の一本いっぽんまであまねく行き渡っており、おれはいつもそれに目を奪われる。
ただ彼女のそういった部分は自分のためにではなく、いずれも親友のためにでしかないことを考えると、いつも胸の奥がつんとした。
「どした?なんか今日機嫌いいじゃん」
「ふふふ、聞いて驚くなかれ」
「おう」
「わたしは、昼休みに、ようやく加藤くんに告白することにしたのです!」
「おおー!」
やったなと言いつつ下駄箱の前でお互い靴を履き替えた。
口先では喜んでいながら、そのくせ本質はちっとも処理しきれていなかった。そうか、立川、告白するんだ。口の中で呟くとようやく頭に入ってきた。
そうしたら、立川、あいつのものになっちゃうんだ……。