Sweet Rain
「自転車でただ海沿いに走ってきたからね。この先どうなっていくのか不安だったけど……道すがら、色んな人に会ったよ」

「色んな人?」

「俺みたいに自転車で旅をしてる人だとか、車で日本一週してるって人もいた。漁港とかではさ、船長だっていうおじさんの船に乗って漁もやってみた。それにトラックドライバーの人にも会って途中まで乗せてってもらったりもしたし」

弟の話し方は落ち着きを払っていた。

だからといって、他人事のように冷静に話すわけでもなく、どちらかといえば抑えきれぬ興奮をムリヤリ箱に閉じ込めながら話している、そんな感じだった。

「それでお前は、その、自転車一つでここまで来たっていうのか」

「うん。途中、トラックには乗せてもらったけどね」

「そうは言っても大した距離じゃないだろ」

実家からなんだぞ? どんなに距離があると思ってんだ。

意識しない範疇で、僕の口からそう言葉がこぼれていた。

「わかってるよ、だから言ったろ? この先が不安だったって」

「でもお前は引き返さなかった」

「引き返せなかっただけだよ」

「だとしても。初めからこんなムチャクチャな計画、止めるチャンスはいくらでもあったろうに」

「突発的なものだったからね。止めるまでもないことだったよ」

「大体なんで家出なんか……」

その瞬間、弟の表情が突然強張りだした。

それは訊かないでくれ。

頼む、と哀願されているようだったので、直接に訊くのは避けた。

「もしかして、これもなのか。さっき言ってた、『訊かないでいてほしい』リストに入ってる、訊かないでいてほしいことの一つ」

「するどいね、兄貴。大学入って頭よくなったんじゃないの?」

「どうだか」

はぐらかすような、ホッとしたような口ぶりだった。

弟は、いつも僕に大して秘密が多い。
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