Sweet Rain
スピーカーから女性店員の快活な声が聞こえた。

品物の写真を眺めながら、僕と弟の分をマイクに向かって言い放った。

「おい、彼女の分どうする?」

「まだ起きそうにないんだ。適当に選んどこう」

車を進め、品物の受け取り口のところで3人分の昼ごはんを受け取ると再びさっきの道路に戻った。

フロントミラー越しに彼女の姿が映った。

相変わらず横になったまま幸せそうな寝息を立てていた。

「きっと疲れてたんだな」

弟がハンバーガーにかぶりつきながらそう口にした。

ホルダーに僕の分のコーラを置くと「ハンバーガーは?」と訊いてきたので、渡してもらった。

「疲れてたって?」

「彼女さ、ずっと緊張状態だったと思うんだよ。特に兄貴の家に泊まってたときがピークだったんじゃないかな。昨夜もあんまり寝付けなかったらしい。夜中何度も目を覚ましていたらしいんだ」

「そうだったか」

「車のわずかな振動が気持ち良いんだろうね。本人も気づかないうちに眠っちゃったかなこれは」

昨夜、俺は一睡もしていなかった。

弟の話をずっと頭の片隅で反芻していたのだ。

タバコをふかしながら一晩中、読みかけの「魔の山」を読んでいた。

時折、ベランダに出て止まない雨を眺めてもいた。

そんなことをひたすら繰り返していた。

「昨日の話の続き、聞かせてもらえないか?」

「彼女のこと?」

「ああ」

「あれ以上は本当に知らないんだよ。言ったろ?」

「彼女の不幸のことも、か?」

そう訊くと弟は口を閉ざしてしまった。

「彼女の不幸について、お前は本当にあれだけのことしか知らないのか?」

弟は黙ったままだった。

食べかけのハンバーガーも喉を通っていないようだった。

背後で彼女の声が聞こえた。

薄ら笑いを浮かべながら、寝言で独り言を呟いていた。
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