Sweet Rain
鐘が鳴り響いた。

扉のほうに目を向けるとちょうど弟が服についた雨粒をはらっているところだった。

「どうした? 雨、降ってるのか?」

「ああ、急だったよ。今夜は当分降り続けるだろうな」

「そうか」

「ひさしぶりだね」

「どうも」

マスターが声をかけると弟が軽くお辞儀をする。

元々誰かにへりくだって生きたくはないと言ってまともに就職もしなかった弟だったが、ここのマスターにだけはいつもこんな調子だった。

弟いわく、マスターは尊敬できるうちの一人だという。

ちなみに自分の父親のことは尊敬できない部類にいる、とのこと。

「遅かったじゃないか」

時計を見ると時刻はすでに10時を大幅に回っていた。

へりくだりたくはないが、ルールに厳しい弟にしては約束の時間を守れないというのは珍しいことだった。

「ちょっとね」

そう言って僕の隣に腰を下ろした。

ビール、とだけ伝えると一息吐いた。

弟の横顔をまじまじと見つめるのは初めてだった。

顔には少し疲れが滲んでいた。

目のあたりには隈ができ、時折はにかむ笑顔には鬱蒼とした雑木林のような印象が見てとれた。
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