幕末オオカミ 第二部 京都血風編
足音は三人分。
その人たちが座ったと思われた時、頭上から声がかかった。
「面を上げよ」
意外に幼い声は、それでも威厳に満ちていた。
おそるおそる顔を上げると、そこに座っていたのは……。
「……このような近くで顔を合わせるのは初めてだな。
余が誰かわかるか?」
あたしとあまり歳の変わらなさそうな男だった。
きっちりとした武家髷、高そうなキラキラした着物……間違いない、この人が今年19歳になったという、徳川家14
代将軍・家茂様だ!
「う、上様……っ」
まさか、いきなり上様直々に現れるなんて。
恐れおののいたあたしは、思わずまた頭を下げてしまった。
「面を上げよ。話ができぬ」
そう言われて、そっと顔を上げる。
初めて近くで見る上様は、記憶の中の遠くから見る上様より、優しげだった。
直線的な眉の下に、こじんまりとした目が光る。
「岡崎の楓に間違いないな」
上様に聞かれ、縦に首を振る。
側室といえど、直接言葉をかけられるのはこれが初めてだった。
上様から少し離れた壁際には、二人の男が座っている。
一人は坊主頭で、30代前半くらい。
着物と羽織で居るところを見ると、僧侶ではなく、医者だろうか。