聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~約束の詩~
ガラスのドア越しに人々が逃げ惑っているのが見える。
何事かと食事中の人々が浮足立つ。騒ぎの中心に巨大な蛇のような影をみつけ、アクスは思わず立ち上がった。
禍々しい真紅の牙と角―蛇の魔月だ。しかもその魔月は勢いよく宿のドアに体当たりし、中に入ってこようとしていた。
以前のアクスなら、真っ先に斧を手に向かっていっただろう。だが今のアクスは、どういうわけかすぐそばにあるはずの斧に手を伸ばすことができなかった。
伸ばそうとした右手がぶるぶると震えていた。
―怖いのだ。
―斧を持つのが、怖くてたまらない…!
蛇の魔月がドアを破壊し、ついに宿の中へと侵入してきた。人々が叫び逃げまどう中、アクスはがたがたと震え、何もすることができない。
蛇は食堂のリュティアのいる席の方へ威嚇しながらすべっていく。しかしそこにたどり着く前に、正確な弓矢の一撃で床に縫いとめられた。
―カイだ。
アクスは泣き笑いのような表情で、震える己を見下ろした。
アクスはもう、自分が戦えないことを知った。
そしてきっと包丁すら、もう持つことができないだろうことがわかった。
翌日、アクスの姿は宿から忽然と消えていた。部屋の中に、置き手紙があった。それにはこう書かれていた。
『 私は罪人だ もう 一緒に旅はできん 料理人はほかをあたってくれ すまない』
リュティアはとうとう、アクスの過去について知らなければならない時が来たことを知った。
何事かと食事中の人々が浮足立つ。騒ぎの中心に巨大な蛇のような影をみつけ、アクスは思わず立ち上がった。
禍々しい真紅の牙と角―蛇の魔月だ。しかもその魔月は勢いよく宿のドアに体当たりし、中に入ってこようとしていた。
以前のアクスなら、真っ先に斧を手に向かっていっただろう。だが今のアクスは、どういうわけかすぐそばにあるはずの斧に手を伸ばすことができなかった。
伸ばそうとした右手がぶるぶると震えていた。
―怖いのだ。
―斧を持つのが、怖くてたまらない…!
蛇の魔月がドアを破壊し、ついに宿の中へと侵入してきた。人々が叫び逃げまどう中、アクスはがたがたと震え、何もすることができない。
蛇は食堂のリュティアのいる席の方へ威嚇しながらすべっていく。しかしそこにたどり着く前に、正確な弓矢の一撃で床に縫いとめられた。
―カイだ。
アクスは泣き笑いのような表情で、震える己を見下ろした。
アクスはもう、自分が戦えないことを知った。
そしてきっと包丁すら、もう持つことができないだろうことがわかった。
翌日、アクスの姿は宿から忽然と消えていた。部屋の中に、置き手紙があった。それにはこう書かれていた。
『 私は罪人だ もう 一緒に旅はできん 料理人はほかをあたってくれ すまない』
リュティアはとうとう、アクスの過去について知らなければならない時が来たことを知った。