聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~約束の詩~
自室の扉を勢いよく開け放ったファベルジェは、きれいに片付き清浄な空気に満ちた部屋に嫌気が差した。

ここは豪奢だがすべてがどこかよそよそしい。

自室までもがファベルジェに繊細さを求めてくるようでたまらなくなり、彼は背の低い飾棚の上の飾りを左手で力任せに払い落とした。

ばらばらと床に転がった様々な飾りの中に、彼は“絆のグラス”があることに気がついた。これはプリラヴィツェに生まれたものなら誰もが誕生と同時に授かるグラスで、自分の血をまぜこんでつくられているため淡い紅色をしている。一番大切な人に飲み物を入れて渡し、相手がそれを飲み干すとその絆が永遠となると言われている。

―永遠の絆、ね。

ふっと彼は嘲笑い、絆のグラスの上に足を乗せた。

永遠の絆など、この世に存在するものか。仮に存在したとしても、自分には存在しない。それは確かだ。

「こんなもの―――」

一思いに踏みつぶそうとしたところを、「ファベルジェ様、お帰りですか」と現れた小姓に邪魔された。

「ファベルジェ様、なんということを。それだけは、それだけは…」

「――うるせえ! そこをどけ!」

「どうか、どうかご容赦ください。命と同等に大事になさるべきものです」

ファベルジェはちっと舌打ちした。床にとりすがり、絆のグラスを守ろうとする小姓のあまりの必死さに免じて、彼はグラスの破壊を諦めてやることにした。そのかわり飾棚をガンと一蹴りし、部屋を出る。

「ファベルジェ様、どちらへ――」

「知るか!」

―人間が嫌いだ。

この小姓だって、自分が王家の人間だから、王子だからこうして声をかけるのだ。

彼の足は、自然といつもの場所へと動く。

―王家が嫌いだ。王子なんてまっぴらだ。あれもこれもそれもどれも嫌いだ。

そこは王城の裏の森の中、獣道を行ったところにある秘密の場所――。

開けた土地に、小さいがきらきらと光を弾く美しい湖が広がる。一人になると急に頭が冷えた。湖に自分を映して、ファベルジェはため息をついた。

―そんな自分が一番嫌いだ…。
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