聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~約束の詩~
「…アクス!!」

血を吐くようなファベルジェの叫びが聞こえた時、アクスはもう我慢が出来なくなって天幕の中に飛び込んでいた。

そこには――

戦慄の光景が広がっていた…。

十数人のウルザザード人がよってたかって、紛れもない真剣でファベルジェを串刺しにしていたのだ!

―ファベルジェ!!

アクスの悲鳴は声にならなかった。

「おや、ばれてしまいましたか。試合中の、不幸な事故にしたかったのですが」

ファベルジェの体から真剣を引き抜きながら、首長の息子が居丈高に笑った。それに合わせるように、他の男たちも一斉にファベルジェの体から剣を引き抜く。

激しい血しぶきが上がり、ファベルジェの体がゆっくりと崩れ落ちていくのを、アクスは全身が瞳になったような心地でただみつめていた。すべてが夢、悪い夢のようだ。しかしアクスの頬を濡らす血の温かさが、アクスを我に返らせた。これが紛れもなく現実であると知らせていた。

「ファベルジェ―――!! しっかりしろファベルジェ!!」

「アクス…和平を…」

それがファベルジェの最期の言葉だった。

それからのことを、アクスはあまり覚えていない。

ただ怒りで―あまりの怒りで目の前が真っ赤だった。

アクスは雄たけびを上げ、手当たり次第に斧をふるった。

気がつくと、首長の息子をはじめとするウルザザード人の躯(むくろ)が血の海に転がり、生きている者はアクス一人だった。

和平はめちゃくちゃになった。プリラヴィツェとウルザザードの間で戦争が巻き起こり、大勢の人が死んだ。戦火で王城裏の森も焼け、多くの動物たちが死んだ。まるでファベルジェの死に殉ずるように。

―私が守る。お前の守りたいすべてを守る。約束する。

約束は、果たされなかった。

アクスはファベルジェが“守りたいすべて”を、その斧で破壊してしまったのだ…。
< 67 / 121 >

この作品をシェア

pagetop