聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~約束の詩~
そしてリュティアは。

リュティアは甘い匂いを運ぶ風に花冠を押さえながら、長い睫毛をゆっくりと持ち上げ空を見上げた。アクアマリンの空を、穏やかに白い雲が流れていく。

―ライトファルス。

不意に響きのよい少年の声がリュティアの耳の裏に蘇る。

―星麗の騎士ではない。ライトファルス―ライトだ。

それは彼女の心を今も焼けつくように熱くさせる思い出だった。

彼女の遅い初恋の相手との、運命の荒波に呑まれた再会。

相手は皮肉なことにこれから戦うべき敵、魔月王猛き竜(グラン・ヴァイツ)だった。

二人の再会はリュティアの死を意味しているはずだった。

が、どういうわけかその時彼はリュティアを殺さず、聖具すら破壊せずに、名前を名乗って去って行った。

―名前を教えてくれた…。

恋とは不思議だった。ただそれだけのことで、こんなにも泣きたいような嬉しい気持ちになれるのだから。

あの時乱暴に頭の上に置かれた手のぬくもりが忘れられない。ただそれだけのぬくもりで、リュティアは前を向いて生きていけるような気がするのだ。

会いたい。

けれど、決して会ってはならぬ相手。

次に会った時は殺すと、彼は明言していったのだから。

―ライト様…。

今はただ、胸の内で彼の名を呼ぶだけで、彼を想うだけで、それだけでよかった。

「昼食ができたぞ」

アクスの声を合図に、三人は立ち上がった。

それぞれの想いはそのままで。

「やった~! ごはんごはん」

「リュー、花冠はこれくらいにして、食べよう」

「はい」

秋の透明な空に、四人の明るい声といい香りの湯気が立ち上っていた。
< 9 / 121 >

この作品をシェア

pagetop