聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~約束の詩~
ライトは足音を立てずに数歩後ろに下がる。

仙人と過ごした山奥の暮らしが脳裏を鮮やかに駆け巡っていく。

手をつないだ夕暮れの景色に、はしゃいだ笑い声が聞こえる。

数々の汗と笑顔がきらめきながら流れていく。

その美しい風景を切り裂くように鋭く、ライトは高い足音を立てて歩き出す。

自分はもう、道を、選んでしまった。

もう、戻れない―戻れないのだ…。

「ヴァイオレット! ヴァイオレットはいないか!」

そう言いながら部屋に踏み込むと、すぐに魔月将たちがその場に跪いた。

「陛下、ここにおります」

「ヴァイオレット、お前にこれをくれてやる」

ライトは懐からぬらりと真紅に光る妖しい石を取り出してヴァイオレットに放り投げた。

「これは……邪闇巨石?」

「城攻めの時にみつけた。これでお前は石化させる力を取り戻すだろう」

「あ、ありがとうございます!」

ヴァイオレットの瞳が喜色に輝くのを、ほかの魔月将たちが羨ましそうにみつめる。

「もっと欲しければ、プリラヴィツェのピューアの村へ行け。そこにも邪闇巨石がある。〈光の人〉の気配もそこからする。奴を殺せ、手柄を立てろ。そうしたら残りの邪闇巨石のありかも教えてやる」

ライトはそれだけ言うとざっとマントを捌いて身を翻した。

そのまなざしに、炎が燃える。

―これは戦いだ。

この命は戦いの命だ。

誰が勝つか、命がけのゲームだ。楽しむべきなのだ。自分はこの戦いのために生まれてきたのだから。聖乙女(リル・ファーレ)だってそうだ。

―違う。

ライトは自分の考えをすぐさま自分で否定した。聖乙女(リル・ファーレ)の感情の波―あのあたたかさは、戦いのためなどではない…。

では何のためだというのだろうか。

知りたい、とライトは思う。痛切に思う。

―どこにいる。どこにいるんだ聖乙女(リル・ファーレ)。

ライトは懐の水晶球を握りしめた。まるで救いを求めるように。
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