聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~約束の詩~
リュティアは宿の入口をくぐった。

食堂のカウンターで働く女将が、リュティアを見て手に持っていたグラスを取り落とす。構わずリュティアは階段を二階に上がる。

宿の一室のベッドに、アクスが横たわっていた。

ベッドのそばに寄せたイスにはカイが、上体をベッドに突っ伏すようにして座っている。どうやら看病に疲れて眠っているようだった。

リュティアが二人にそっと近寄ると、気配にアクスがうっすらと目を開けた。

「すまない…リュティア王女…」

アクスがかすれた声を出した。

その弱弱しい様子に、リュティアは泣くまいと努力して唇を引き結んだ。

「私は数年前から、余命宣告を受けていたんだ…だから旅立っていいものかどうか、迷いに迷った…あと一年は永らえられると思っていたが…どうやらもっと命の期限は短かったようだ。私にはわかる。私の命の火は、もうすぐ燃え尽きる…」

そんなことないと、リュティアは言いたかった。だが悲しみが喉をふさいでしまったのか、何も言えずにただアクスの手を両手で包みこんだ。

「ひ弱なお前が立派に成長するまで、旅についていきたい。私は本気で、そう思っている。この気持ちは本物だ。だが、さすがに命が尽きては、私にはもう、何もつくれないし、守れない…」

「守ってくれなくていい」

リュティアの唇からひとりでに震える言葉がこぼれ落ちた。喉をふさいでいた悲しみが一緒にこぼれるように、リュティアの瞳から涙があふれて握ったアクスの手に落ちた。

「守ってくれなくていい…私が、私があなたの守りたいすべてを守ります。約束します。だからお願いです…生きてください」

それはくしくもアクスがファベルジェに告げた言葉と同じ言葉…。

アクスはその偶然におののきながら、涙がこんなにあたたかいものだと、初めて知った。
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