忠犬ハツ恋
「美咲、昨日はゴメン。
頭痛が酷くて意識が朦朧としてた。
何時の間にか携帯の電源は切ってたし、実を言うと詩織を部屋に入れた記憶も曖昧なんだ…。」

大ちゃんの頭痛の酷さは知っていた。
それでもやっぱり詩織さんは部屋には入れて欲しく無かった。

「うどんありがとう。今朝食べたよ。」

カラカラとベランダの戸を開ける音がした。
大ちゃんは一方的に話し続ける。

「ここから東野がよく見えるんだな…。
荒木先生が"ハチ公ちゃんがここにいるのはいつもの事"だと言ってた。
お前はいつもここから見てたのか?
俺を……、詩織を……。」

大ちゃんは再び寝室の扉をノックした。

「昨日は必死に美咲を探し回ったんだぞ。
昨日あれからずっと……ここにいたのか?
一晩中ずっと…?」

その口調は責める風ではなくむしろ優しく包み込む様で。

「指輪…外されても仕方無いよな…。」

大ちゃんのその呟きに自分が婚約指輪を首から下げていない事を思い出した。

「お前にこれを渡した時、お前は嬉し泣きで顔をグチャグチャにしてた。
俺は美咲と当たり前に結婚するものだと思ってたから、今更指輪を渡した所でそんなに喜んでくれないんじゃないかと思ってたけど、美咲のあの時の反応は正直嬉しかったよ。」

寝室の扉に触れると大ちゃんの声で微かに扉が震える。
大ちゃんはこの扉のすぐ向こうにいた。
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