忠犬ハツ恋
「あ〜ぁ、大輔がフリーになるんなら
俺、職場変えるんじゃなかったなぁ〜。」

一色先生が笑いながらそんな事を言うから一瞬どういう意味か分からなかった。

「……職場変える…って
一色先生、東野を辞めちゃうんですか?」

「今、講義の枠減らしてもらって転職先探してるんだ。じゃなきゃ今頃こんなトコ居られない。」

確かにこれから受験シーズンまで生徒はおろか塾の講師はどんどん忙しくなるはず。
なのに最近一色先生と東野の外でよく会う。

「どうして……?
一色先生は大ちゃんが好きなのに大ちゃんから離れちゃうんですか?」

「好きだからだよ。
今まで大輔の近くに居過ぎた。
何時の間にか俺の中で大輔の独占欲が増幅してた……。
少し大輔を泳がせてやらなきゃあいつも窮屈だろ?
男には狩猟本能があるんだよ。背中を見せれば追いたくなるもんだ。」

「………。」

皆がバラバラになる……。
そんな一抹の不安を感じて心細くなった。

私が離れても大ちゃんには一色先生がいる、そう思っていたのに…。

一色先生はそんな私の気持ちを知ってか知らずか私にスッと右手を差し出した。

「俺らの新たなスタートに……。」

新たなスタートという割には何だか気分が晴れなかったが、私は一色先生の右手に応じた。

固く交わされた握手からは暖かな一色先生の体温を感じた。

これは前進なんだ!
決して迷ってはいけない!!
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